今日はありったけの想いと祈りを捧げるよ。

今日で私の友達が亡くなってまる1年経ったけど、そんなことまるで信じられないまま私はこの1年を過ごしてしまった。

あんなのうそでしょって思ったり、この目で見てないしって思ったりしたけど、彼の生きた証は私はオンラインでしか確認することができず、携帯電話ではあんなに話したのに、今はその番号にかけたってまるで繋がりやしない。

そう、私と彼は実は頻繁に電話していたし、もしもの時も必ず電話してと約束していた。
私がこの1年「嘘かも知れない」って時々思ったりしたのは、彼が最後に私に電話してくれなかったからだ。

ドメインの期限切れで、ウェブサイトにもアクセスできなくなってしまった。

1年前の私は、初めてこの仕事で就職して(そしてそれは長くは続かなかったけど)、忙しいなりに楽しく充実した毎日だったから、彼はそういう私に気を遣って連絡しなかったんだろうなってことは容易に想像できるんだけど。
それでも、私はしばらくの間「彼に電話をさせなかった自分」というものを随分と恨んだりした。
なんでもうちょっと気にしてあげられなかったのかなと思ったりもした。

でも、結局、何をどういう風に考えたって「自分を救えるのは自分しかいない」っていう、いつもの私の結論にたどり着いてしまう。
冷たいと思われても仕方ないけど、私が7年間自分なりに「うつ」という病気と戦って得たものはこれなのだよ。

だから、私が友達の事を救えなかった、なんて傲慢なことは思わないけど、せめて今日は彼話したことを思い出しながら、彼が天国で心安からに過ごせるように、ありったけの私の心の中の優しさをかき集めて、祈りを捧げることにするよ。

そして、私が友人を失うことが、2度とありませんように。

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