トミナガです。
今日は痛い話やメンタルな話です。
女性アナウンサーが自殺してしまったニュースを、ここ数日見ていたんだけど、残された人はとても辛いだろうなぁと思います。
私は自殺で友達を3人失っている。これは、多いのか少ないのか分かりませんが、悲しいことには代わりありませんし、いまでも折に触れて友達のことを思い出すと、すごく切ないというか、悲しくてやりきれない気持ちになります。
そして、私自身も自殺を試みたことがあります。しかしながら、幸運なことに、2回とも失敗して、今は元気に生活しています。
無くなったアナウンサーの川田さんは、鬱状態ではなかったと言われていますが、恐らくそうだったんだろうな、と思います。
自分が自殺を図ったときの心境を思い出してみたのですが、「死にたい」「死んでしまいたい」というよりは、
といった思考傾向が強かったように思います。何かあると、とにかく「全部自分が悪い」と思っていました。
とにかく自分は無価値で死しか値しない人間だと毎日考えていました(今は考えてないよ)。周囲の人(特に家族)は、さぞかし辛かったと思います。とても申し訳ない。
‥‥とは、実はあんまり思って無くて、「だって、病気なんだから仕方なかったんじゃない」と思うのです。
よくある言いかたですが、「鬱という病気がそう思わせている」のです。これは、心の病気になった人でないと、受け入れにくい考えかただと思いますが、今現在の私のように、病気の気が無くなってくると、けろりと自殺のことなんか考えなくなってしまうのです。
それに、私だって、毎日毎日毎日「病は気から」と言われ続けて、どれだけ嫌な思いをしたか! 絶対「気の病」になった人しかわからないと思う。
それから、私は自殺未遂したことをブログに書いたりしていたので(今は見れないよ!)、随分と読者の人たちを心配させて、それについては申し訳なかったなぁと思います。
だって、読者の人は私の様子を文字でしか知ることができないからね。家族だったら表情を見たり、話したりできるけど。
自殺未遂した後、私が知ったことは、
とにかく「死ぬのは難しいな」と思いました。
その代わり、リストカットとか、自分で首を絞めて気絶寸前まで‥‥とかをよくやっていました。ある意味ストレス解消か‥‥。
そのうちデジ○リに入学したりして、リストカットというのは、アレですよ、消毒とか止血とか、後始末が結構面倒くさいんです。化膿したりしても、自傷だと保険使えないらしいですし。
なので、だんだんリストカットも面倒くさくなったり、イラレフォトショの勉強で忙しくなってきて、そのうち完全に手首切ったりすることは忘れてしまいました。
さっき数えてみたら、リスカ終了から4年経過してました。早!
私の場合は、転職して勉強を始めたことで、うまく気をまぎらわせて病気の経過を良くできたけど、この方法がみんなに当てはまるとは思いません。
私と同じく、物事に熱中しやすい人には合っているかもしれないですが、そうじゃない人の場合は「やらなくちゃ‥」と、おかしな義務感になる可能性が大きいですね。
でも、死にたいと思うぐらい辛い状態なら、仕事を辞めたり、会社を休んだり(休みをくれない会社だったら、辞めちゃおう。会社はあなたの健康は保証してくれない!)して、ボサーとして何もしない時間を持つことは、とても良いと思うのです。
私は長期入院している間に、家族と離れてそういう時間を持てたので、とても楽になって、元の生活に戻る時間は長くかかったけど、簡単には後戻りしないようになりました。
アナウンサーの川田さんって人が、何が原因で亡くなったのかはわからないけど、少なくとも、仕事を休んでいたら(仕事が原因ではなくても)、また違っていたのかなぁ‥‥と、過去の自分のことを思い出して、考えたのです。
私は運良く生きているけど、時々東京に行って友達と遊んだり、セミナーで新しいことを見聞きしたり、彼と美味しいもの食べたり、RSRでグレイトなライブ見たりする度に「生きてて良かった!」と、今は思います。
やーホント、死ななくて良かったわぁ。人生は一度しかないしね。たいがいの失敗は、やり直せるよ。ただし、生きていればだけど。
takako23-33-PM
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