誰も知らない未来の安全

3日ぐらい前になりますが、ずっと見たかった『100,000年後の安全』という映画を見てきました。

オルキルオトの永久地層処分場

フィンランドのとある場所に、地下500メートルの埋蔵施設を作り、そこにフィンランドで使用した使用済み核燃料を埋める、という話です。
特にこの映画の中では、「いかにして未来の人類にこの施設について伝えるか(あるいは伝えないか)」という点が、繰り返し語られていました。
また、あくまでもこれは、廃棄物を処理するための施設なので、原子力エネルギーの是非についての議論はありません。 

映画『100,000年後の安全』

10万年後の未来まで、どうやって危険を伝えるのか?

映画のあらすじから、

フィンランドのオルキルオトでは世界初の高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場の建設が決定し、固い岩を削って作られる地下都市のようなその巨大システムは、10万年間保持されるように設計されるという。

廃棄物が一定量に達すると施設は封鎖され、二度と開けられることはない。しかし、誰がそれを保障できるだろうか。10万年後、そこに暮らす人々に、危険性を確実に警告できる方法はあるだろうか。彼らはそれを私たちの時代の遺跡や墓、宝物が隠されている場所だと思うかもしれない。そもそも、未来の彼らは私たちの言語や記号を理解するのだろうか。

とありますが、10万年というのはあまりにも途方もない時間。現在の建造物の耐久性について、10万年ぶん保証できる人なんて誰もいないし、10万年後に地球がどうなってるのかも、誰にもわからない。
オルキルオトの施設は、そういった確証なしに「たぶん大丈夫だろう」みたいな雰囲気で作られているように見えました。
ちなみに、現在から10万年前だと、ネアンデルタール人が活動したり、マンモスが生きていた時代が該当するそうです。10万年語も、今の言葉やサインは通じるのかな? 

1度走り出した計画は、おそらく遂行するしかないんだけど、掘って、埋めて、埋め戻したあと、立ち入り禁止のサインをつけるかどうか‥‥サインを見た人が、ここに何があるのかと掘り返す恐れもあるし、言葉が通じなくなっている恐れもある。
私は映画を見ながら、1万年先でさえ、現在の人類がいるかどうかわからないよなと考えていましたが、果たして現存の人類は、どれぐらい地球上に住み続けられるんでしょうね。

この映画の主題って、いささか宗教というか哲学的すぎると思うんだけど、とにかく、埋めたあと、無事に掘り返されずにあってほしい、忘れ去られますように、と思わずにはいられませんでした。 
考古学者がピラミッドの暗号を解読する必要があったように、後世の人類はきっと、こんなものを見つけたら、巨大な地下帝国だと思うに違いない。それほどこの施設は巨大なのです。

「原子力エネルギーは持続しない」

それと、劇中で一番印象的だったのは、女性編集者の「核エネルギーは一時的なもので持続しない」「いずれウランが(石油エネルギーのように)尽きて、ウランを争うためにふたたび戦争がおきるかもしれない」という言葉でした。 
私個人は、核エネルギーについては、人間が制御できないから使うべきでないと考えて居たのですが、この映画を見て、ますますその考えが強くなりました。コントロールできない、捨てることもできないって、単に目の前の電力不足を先送りしてるだけなのでは。

月並みですが、帰り道には「わたしちゃんと電気使ったら消すんだ~」と話しつつ帰宅しました。
ほんと、あまりにも途方もない問題で、それぐらいしか言えません。でも、持続可能なエネルギーをもっと積極的に開発しないと、10万年後を待たずにきっと人類は滅亡します。

放射能(ラジオ-アクティヴィティ)

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